« 2005年10月 | トップページ | 2005年12月 »

2005年11月

2005/11/30

ふぐを食べに下関に行く 3 春帆楼

六時に起きて目の前のみもすそ川公園に初日の出を撮りに行った。期待した初日の出に成らなかった。
おとそとおせち料理、そしてお雑煮。一通り元日朝の儀式を済ませる。一流旅館なのだから一流の・・・・・と思ったのは大きな見込み違いだった。聞けば毎年大晦日から泊まる常連さんが居るとか。よほどの味音痴と思った。宿を引き払い標高268メートルの火の山公園の山頂へ。
目の前の関門海峡、関門橋や門司、勿論下関も一望できる。巌流島も手に取るようだ。日本海も見えている。来て良かったと思った。今宵の宿 春帆楼 に向かう。昨日は関門橋の東二百メートル。今日の宿は関門橋の西六百メートル。今回の旅は観光はオマケ。此処 春帆楼 に泊まる事、天然トラフグのフルコースを食べる事。これが目的だった。
春帆楼敷地内に車を止め右百メートル隣の赤間神社に初詣。獅子舞の獅子に頭を噛んでもらうと厄落としが出来ると聞いて喜んで噛んでもらっている家内。次は春帆楼左三百メートル隣の亀山八幡宮に初詣。重要文化財の旧英国領事館・旧秋田商会ビル等明治大正期の建造物やベイエリアをのんびり散策、JR下関駅よりバスで国宝住吉神社へ。1370年(応安3年)大内弘世が再建し九間社流造(くげんしゃがくれづくり)の特異な様式で、室町時代初期の面影を良く保っているのだそうだ。車の人は駐車場に何時間待つのか大変な行列だった。バスで来て良かったと思った。
春帆楼敷地内にある日清講和記念館内部を見て部屋に。
此処春帆楼は歴代総理や天皇が泊まった九部屋しかない大変由緒有る所だ。料理だけの人は三階大広間で食事をとるのだそうだ。日本のふぐ料理免許第一号を取った所でも知られている。
風呂は内風呂と貸し切り家族風呂が一つだけ。此処はチップ無しとはいかない。
いよいよ料理が運ばれてくる。お通し、ひれ酒、煮凝り、唐揚げ、ふぐ刺し、白子、吸いもの、ふぐちり、雑炊、等々ふぐふぐふぐ。なんと贅沢な至福の一時だった。
ン-------ン!とほっぺたを押さえてしまったふぐの白子。圧巻は菊造りだった。二人前なのに直径四十センチは有にある皿。独特の爪楊枝ほどの太さのネギにクルクルと巻いて食べるフグサシの美味いこと。食べても食べても減らない事に気が付いた。一重に薄く並べてないのだ。
重ねて重ねてなんと三段重ね。よほど大きなトラフグでなければこんな大きな切り身一枚には成らないと見た。丁寧に作ってくれたフグチリとオジヤ、お腹がいっぱいでちょっと箸を付けただけで残してしまった。仲居さんと板さんに申し訳ないと思った。
朝はおせち料理だ。昨日とは天地の差がある。この辺は丸餅を焼かずにお雑煮にするようだ。
玄関で記念撮影して春帆楼を後にする。満足だった。

すっかり酔ってしまい、しかも食べるのに夢中で撮った写真が手ブレで使い物にならない。料理の数々、特にスゴイ量の菊造りがお見せ出来ないのがまことに残念。 続く

2005/11/28

ふぐを食べに下関に行く 2

大晦日、今日も快晴。尾道インターから山陽道へ入る。広島、岩国、徳山と快調に走り小月インターで出る。下関市の一角、城下町長府は武家屋敷や練塀(土塀)が続き大晦日のせいか人も少なくこのタイムスリップした町並みを独占させてもらった。
奇兵隊挙兵の地 功山寺 は鎌倉時代創建、日本最古の禅寺様式で国宝。
高杉晋作の銅像が有り若き志士達が‘将来の日本’を議論した山門。毛利家の立派な墓、のんびりとスローテンポに点在する寺や神社を歩き往時を偲ばせてもらった。長府毛利邸は休日だった。
2001

今宵の宿は下関 みもすそがわ別館 に車を止める。旅館の人に聞く「壇之浦は何処ですか?」「この辺一帯が壇之浦です」ハハハ馬鹿な事聞いたもんだ、よく見れば後ろは絶壁。今でこそ草木で被われて居るが源平壇之浦の合戦のころは崖だったんだろうと思った。

宿の部屋から見て右手目の前が関門橋。歩いて関門海峡を渡る事にした。海の上を?忍者じゃあるまいし。人間用のトンネルが有るのだ。無料は粋な計らいと思った。十分ほどで対岸へ。九州門司から見る大橋はまた違って見える。下関のベイエリアが手に取るように見える。渡し船や観光船が忙しなく行き来している。門司レトロタウンへはタクシーで行った。国際友好記念図書館・旧門司税関・はね橋・旧門司三井倶楽部・門司港駅は明治時代の駅舎がそのまま現役で使われていた。渡し船で下関に戻った。

フイッシャーマンズワーフをあてもなくブラブラする。ふぐふぐふぐ(下関では縁起を担いでふくと言う)土産物屋も食べ物屋もふぐのオンパレードだ。唐戸市場は大晦日で休みだった。

来年から始まる大河ドラマ武蔵の舞台となった巌流島にはこの時期渡しが出ていないとの事。唯一渡る方法は釣り船をチャーターするしかないのだそうで残念だが諦めた。

宿に戻って大晦日の儀式に備える事にした。と言っても此処は旅館。取り立ててやる事も無かった。ものすごく塩分の強い風呂だった。だだっ広い洋室と暖房の利かない和室が続き部屋に成っている。いくら下関でも二日続きのふぐはイヤなので今日は海鮮料理で予約している。やたら味の濃い料理だった。それでもフグサシだけは出てきた。静岡のふぐ料理屋の方がよっぽど旨いと思った。チップ渡すのは止めにした。食い終わったら紅白歌合戦を見るしか無かった。満たされない大晦日だった。続く


3001

2005/11/26

ふぐを食べに下関に行く 1

 この旅行顛末記は2002年12月、下関に行った時のものです。
折しもNHK大河ドラマ義経の舞台となった壇ノ浦の真下にも泊まり、ちょうど良いかと数回に分けてブログの乗せます。


贅沢に“ふく(福)”を食べに下関に行く
(プロジェクトXふう語りの巻 主題歌 地上の星♪♪風の中のす〜ばる〜♪)

2002年12月30日、まだ夜も明けぬ5時出発する。
浜名湖SAで朝食、その後一気に走って養老SAで休憩。カーナビに頼り切って山陽道へ。
三木SAで休憩して尾道インターを出る。燃料残警告ランプが点いていた。
今宵の宿 尾道ロイヤルホテル に駐車し昼食。坂の町尾道を散策する。
商店街入り口の林芙美子像を見て尾道独特の細くうねうねと複雑に曲がりくねった坂道に入る。二階井戸とはその名の通り水を汲み上げるベースが二階建てに成っていた。案内標識を辿れば何処にでも迷う事無く行ける様に整備されている。寺の多い所だ。タイル小路、蓮花坂と回って宿に戻る事にする。
それにしても木造の古い建物ばかりだ。暮らしている人々も昔のままを大切にしているのだろう。が、しかし見たところ修理もままならない様だ。長年の土圧で石垣が膨らんでいる。地震が来たら一瞬にして崩壊しそうだ。路地を歩いていて気が付いた。何処の家も汲み取り式だ。火事はどうする?その晩取ったマッサージさんから教わった。「ホースを幾つも幾つも繋ぐんですよ」素朴な疑問が残った。息せき切ってホース担いで坂を上がり、やっと繋いで放水した頃には大火に成って居ないか?と。
ホテルの目の前は左手にしまなみ海道尾道大橋と海、渡し船が盛んに行き来している。自動車に郵便配達のバイク、自転車歩行者入り乱れ生活感が漂っていた。乗ってみたくなった。
対岸の島には大林監督の映画に使われたバス停が保存され、今は現役のバス停となっていた。続く
1001

2005/11/16

ハワイ4泊5日499ドル

 ある日ユナイテット航空から二人で4泊5日499ドルで泊まる事が出来るキャンペーン案内が来た。ワイキキビーチマリオット・イリカイワイキキ・コオリナビーチクラブの泊まりたい所一カ所。5日間のレンタカー又は到着出発時のホテル〜空港間リムジン送迎。さらに5,000マイルのボーナスマイル付き。こんな美味しい話がホントに有るの?と目を疑った。
詳しく読むと次の条件が付いていた。
ハワイホノルル空港までは自分持ち。自身又は夫婦で年収6万ドル以上で自宅所有。
2005年12月31日迄にこのパッケージを買い、その後12ヶ月以内にこの旅行をしなければならない。とある。
僕「面白い!行こうか」妻「・・・」
さらに読むと次の条件が付いていた。オアフ島西海岸にあるマリオットコオリナビーチクラブリゾートマンションの90分間販売説明会に出席する。
なんだ!目的はこれか!でも買うそぶりして90分付き合えば良いんだよ。
僕「ビジネスクラスでハワイ往復二人分のマイレージも貯まっているし、行こうよ!」妻「・・・」
諦めきれない僕は電話を掛けさらに詳しく聞く。一通りの説明の後パンフレット送ります!だって。最後に意地悪な質問をしてみた「年収6万ドルの証明は?」「口答
です」・・・・・・ヘ〜〜口答で良いんだ!
後日送られてきたパンフを見て驚いた、規模が大きい。環境も良さそうだ。でもハワイに別荘持っても行くだけでも大変だ。契約者には6万マイルのボーナスマイルが加算されるという。6万だとビジネスクラスでハワイ往復1名分,エコノミーだと4万マイル・・・・ン〜ンそれだけではな〜  妻は相変わらず「・・・・」と、返事もしない。なんの進展も無いまま家内は息子の学会のお伴と称して16日ボストンに飛び立った。
ニューヨーク・サンタフェの観光もついでにしてくるそうだ。エアチケットは自分で買って、貯めて有るマイレージでビジネスクラスにアップグレードして行くそうだ。
羨ましい。。。。。
でも嬉しいな! 約二週間 チョンガーだ!!!


0001

2005/11/05

静岡ワンダーホーゲル創立45周年

11月3日、 記念行事は富士五湖の一つ西湖の南にある紅葉台〜足和田山(五湖台)で行われた。
僕の所属支部は4号車と指示が有ったものの 無い!????
隣に止まっているバスが5号から推察して寿号と書かれたバスが指定のバスのようだ。
乗り込むとすでに多くの仲間達が乗っていた。
乗り合わせたメンバーの平均年齢からすれば寿号は大サービス。どう見ても鶴亀号だ。
7時新静岡出発。紅葉台下駐車場到着。
準備体操の後9時40分、県内各地から総勢232名が隊列を組んで登り出す。紅葉台到着10時5分。
木々の間から見えるはずの富士山がしっかり見えない。一本立ててすぐ出発。
此所からは水平移動するようなもの。10時25分三湖台到着。
遠く朝霧方面から三ツ峠山の先まで見渡せる。その名の通り本栖・精進・眼下に西湖が見える。
残念な事に富士山の頭が隠れしかも霞んでいる。下の乗馬クラブから遠乗りして来た馬が数頭居た。紅葉の最盛期、多くの登山者で賑わっている。
「此所で記念行事」 と言っても会長の挨拶と歌と昼食。
出発12時40分。軽い上り下りが有る程度で歩きやすい。黄色く色付いた木はそこそこ有るが赤く染まる木はほとんど無い。しかし枯れ葉の重なる広く整備された道をサクサクと音を立てて歩くのは気持ちがよい。左に時々西湖が見える。樹木が生長し途中富士山を見る事は出来ない。
一回休憩しただけで五湖台(足和田山)に1時40分到着。
櫓を組んだ立派な展望台が出来ている。大きく切り開いた正面に富士山がデンと構えているのだが八合目から上は隠れている。北には眼下に河口湖。ン?此所は五湖台。あと四湖が見えない。
木が小さかった頃は見えていたのだろうか?名前の由来が気になる。多くのハイカーと大世帯の我々で山頂はごった返している。証拠の記念写真を撮って1時50分出発。
ルンルンと快適に下り続け途中一回休んだだけ。三湖台分岐も気が付かずにあっと言う間に紅葉台に到着してしまった。2時45分だった。此所紅葉台迄は車で来る事も出来る。
気分良く木々の臭いを感じながらさらに下る。時折排気ガスの臭いとバフンの臭いも混ざる。
駐車場到着3時。使った筋肉のストレッチをしてバスに乗り込む。無事終了。お疲れ様。
 このコース、子供連れや足に自信のない人でも充分楽しめる。紅葉台まで車で上ってしまえばさらに楽。ただしこの道、車高の低い車は非常に厳しい。雨上がりなどはスリップして上がれない事もあるから注意が必要。
名前からして山全体が赤く染まると勘違いする人が多い。山の所々と道路沿い、或いは麓に赤くなる木がある程度。何故詳しいかって?すぐ近くに山小屋(とても恥ずかしくて別荘とは言えないお粗末小屋)を持っているから。
写真は三湖台山頂IMG_3154



« 2005年10月 | トップページ | 2005年12月 »

2017年8月
    1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31    
フォト

リンクの人々

  • 鳥さんと いつも 一緒に
    思わず眼を細めて読んでしまうソフトな語り口で書かれたブログ。 鳥の百科事典になりがちな鳥ブログとは一味も二味も違い、鳥への愛情がヒシヒシと伝わってくる。
  • ミルフォードトラック
    管理人「よし坊」に、人生観が変わるほど感動を与えてくれたミルフォードトラック。その全ての詳細な記録を序章から終章まで全6回に分けて公開。
  • ピカリのお部屋
    仲良く山歩きを楽しんでいる様子が独特な語り調で書かれている。花・風景の写真も素晴らしい。
  • 旅すれば又、旅
    旅と食に対する拘りと情熱が伝わってくる飽きないブログ。次は何所?と期待する。
  • かわせみのひとりごと
    翡翠をはじめ野鳥の姿を芸術的タッチで捕らえたブログ。
  • ごくらくとんぼの日々あれやこれや
    日常起きる様々な出来事を気取らないタッチで綴る親しみやすいブログです。
  • 季節の移ろいと旅空の雲
    眼を見張るような写真の数々。 作者の思いが伝わるブログです。

ミルフォードトラック

  • DISTINCTION HOTERU
    2010年11月、人生観まで変わってしまったミルフォードトラックを歩いたときの写真集です。

富士山

  • 富士市狩り場から
    日本を代表する富士山。 私の住む静岡はどこからでも富士山が見える幸せを感じています。

カワセミ

  • 水鏡に映る ♀
    静岡市の鳥がカワセミです。 少しずつ撮り貯めた可愛い翡翠の表情をご覧下さい。

思い出の一枚 海外編

  • スイス
    旅先で感動した思い出の一枚

思い出の一枚 国内編

  • 天王祭
    思い出に残る国内の写真を集めました。デジタルカメラに成った以後のものです。

山の思い出

  • ローツェ 8,516m
    20代前半から空白の年月が過ぎ再び登り初めた山々。

茶畑

  • 茶畑と富士山
    お茶・お茶と富士山 お茶と富士山は何故か相性が良い。
無料ブログはココログ