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2019/03/22

アジアグランドクルーズ 6

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 写真は太平洋戦争激戦地コレヒドール島の、日本軍慰霊碑の地にて。

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 2月19日、マレーシアのコタキナバルに入港します。

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マウントギナバルも見えます。富士山より一寸高く4,095m有り日本からも多くの人が登山している人気の山。

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入港は8時。

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寝ている間に目的地に着くのがクルーズの良さ。

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下船者全員にレイを掛けてくれる。

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OPは半日市内観光を申し込んで有る。
車窓から市内モスクを見て

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博物館見学がある。

 

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医療の無かった頃は占い師の仕事で正装用の衣装。

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多くの首狩り族が居て、この写真はその風習のあった最後で写真の右がカットされていますが元画には首がぶら下がって居ると言う。

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首狩りに使った刀と髪の毛などが飾られている。髪の毛は自分の飾り等に使ったという。

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その当時の家と内部の様子を復元してある。
82USドルは高いね。

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船に戻った。大急ぎで昼食を食べ自由行動でシャトルバスに乗り街へ。

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日本国旗が出ていると何故かホッとします。

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コタキナバルのウオーターフロント。レストランがズラリと並ぶ。

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所狭しと並べられた品物。

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ミシンの縫製の仕事は男。
シャトル最終バスで船に戻った。

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寄港地で毎回見るのは飲料水を汲み上げているのだと思うが定かではない。

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16:45からボンヴォヤージが始まる。

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寄港地でお客様がほとんど出て居なくなる日には 乗組員の火災・退船訓練が行われている。

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夕食は鰻重だった。
ドレスコードカジュアルで、この夜はマジックショーだった。飛鳥専属マジシャンTAKUYAですが撮影禁止だった。

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2月20日終日航海。リドガーデンで朝食。

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連日気持ちよく晴れている。

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船室のエンターテイメントチャンネルでは航海中の演芸等を放映している。
これは岩崎宏美さんのTVを写した。

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そろそろあるかと思って居た操舵室の見学があった。
混雑を避けてエアロビクスをした後に出かけた。それでも混んでいた。

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指を指しているのは船長で飛鳥と平行して居るのは香港に向かって居る船で船籍は?忘れた、、、

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やっぱり神頼みですか。

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同じ10デッキはスイート室がズラリ。

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この日楽しみにして居た講座は「外国人クルーへの日本語教育の現状」についてです。飛鳥はスタッフの大半がフィリピン人ですがどの様に教育し採用しているか。更に今までの問題点と今後の事等でした。

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昼は素麺。こんなのがホッとします。

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洋上で時々見かけるのは海鵜の一種だろうか?

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妻はコーラスやフラ等何時ものペース。隣室からウクレレの音が聞こえる。教室に参加しているらしく復習に余念がない。

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夜は落合シェフのイタリア料理。メニューには直筆のサインがある。

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途中で日が沈む。日の出と日の入りは毎夜届けられるASUKA DAILYに刷られて居る。

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ウニのスパゲッティー これが飛びきり美味かった。しかも「自分で茹でています。一度に10人分しかできませんが見学したい人は見に来て下さい」と言っています。食事時間が二部制とは言え大変だ。邪魔をしては往けないと思い見学はしなかった。

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美味しかった!!!

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食後プールサイトで亜細亜夜市が有った。

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一寸した賭け事や余興も有り日本人スタッフは大変だ。
明日のマニラ上陸許可証もの日に渡された。
ドレスコードカジュアル

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2月21日。フィリピンのマニラ入港。

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クルーズ船が止まって居ます。SILVERSEAの文字が読めます。

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フィリピンの国旗が掲揚されています。

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港や島が近づくと見られる鳥はアジサシの仲間だと思う。ダイブして魚を取っています。
自分の部屋のハウスキーパーはフィリピン人のカロリンです。初日にお願い事をしたので名前を確り覚えたらしく会う度に「オハヨゴザイマスよしぼうさん」「コンニチハよしぼうさん」「コンバンハよしぼうさん」と呼ばれてしまいます。そんな彼女に「今日は下船して家に帰らないの」と聞くと「私の島はもっと遠いから一泊ではいけない」と言っていました。

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午前中シャトルバスでマニラの中心地まて出かけました。
巨大なショッピングモールでスーパーマーケットもあります。出入りはガードマンが居ましたがセキュリティーはユルユル。

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昼に戻って昼食後サンチャゴ要塞とマニラ歴史地区の観光ですがこれは希望者は無料。無料だとさすがに参加者が多いが料金を払ってあるようなものよ、、、

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捕虜の収容施設として使われていた場所は今では土産物売り場。

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サンチャゴ要塞。

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サンアグスチン教会。マニラ 一ノ観光スポットだという。

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歓迎のレイを掛けてもらう。

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我々だけの為の歓迎歓迎会

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マニラが終わると台湾で、次は日本か〜。アット言う間だったな〜

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夕食後はマニラローカルショー。昼間演奏していた人達と同じだった。道理でしゃしんOKのはずだ。
ドレスコード カジュアル

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2月22日、朝6時。未だ夜が明けていない。

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ダイニングが始まる前の集合で、朝ご飯をどうするのかと思って居ると船乗り場で弁当が配られた。専用のテントに腰掛けが整然と並んで居た。これをフィリピン人はどう思って見ているのだろうかと思うと心配になる。

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船に乗ってコレヒドール島の戦跡を訪ねて のOPツアーを申し込んで有る。$132USドル。

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1時間程で島に到着。電車など無いはずがトラムに乗ると書いて有ったのが不思議でしたがトラムの形をしたバスだった。

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防空壕のトンネルに案内された。

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曾ては弾薬庫だった横穴に当時の様子が再現されて居た。

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日本軍の戦没者慰霊碑が有りました。
横浜から参加したお客様がそれらを綺麗に拭いて『日本から持って来た水・お線香・お酒を供え「この人達が居たから今の自分たちがこうして生きている事が出来るんです」』と言い、それを見聞きした人が皆で涙しました。

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バスガイドは変な日本語でよく解らないのですが其所は気にせず流し聞き。

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アメリカ軍の兵舎や娯楽施設の跡。

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太平洋戦争記念館。

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昼食会場。

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片道1.5時間、マニラに戻ります。

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海上から見るとマニラは大都会です。

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市内が混んで帰船が遅れました。すると7デッキは人でいっぱい。

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岸壁も人がいっぱい。それもそのはずこの人達のほとんどは船で働いている人達の家族です。

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送迎のイベントも始まりました。

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セイルアウェイ・パーティーが有ります。そしてテープが投げられます。

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静かに岸壁を離れます。

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そして夕食。ドレスコードはカジュアルでした。

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今日も誕生日祝いが有りますね。下船前日のデータに寄ればクルーズ中誕生日を迎えた人66名、結婚記念日を迎えた人11組(その内一組がダイアモンド婚)だったそうだ。※記念品などが贈られます。

夜は東京大衆歌謡楽団。思い出の曲など乗船者の年齢に好まれる曲ばかり。大変な人気でした。※撮影禁止

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部屋のエンターテイメントチャンネルでは志賀昭裕さんが楽器アルパと共に を映していた。

 

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コメント

飛鳥のワールドクルーズは 外国船に比べて 寄港地が極端に少ないことと、
海賊の出没するエリア(スエズ運河)などの航行が制限されているので 敬遠しているのですが、
(値段が高いことが 我が家には一番の問題ですけど、、、)
ブログを拝見する限り、アジアクルーズは 良さそうですね。

今回 よし坊様が寄港された中のいくつかの港は QM2で私も立ち寄りましたが、
交通手段が発達した大都市ではないので、シャトルバスがないと 自由行動をするのに とても不便でした。
その点、飛鳥はどの港でも きちんとシャトルバスが準備されているので 良いですね。

とても 参考にさせていただいています。

shinmama様
帰国後のお忙しい日に書き込んで頂き有難う御座います。「寄港地が極端に少ない」は船に居るからそれで良いと思っている人達が多いんじゃないだろうか???僕の勝手な想像です。
値段がホントに高いですね。誕生日に招待された川島さんは他の旅行は行かないでセッセと貯めて年に一回飛鳥に乗るのが楽しみと言っていました。
シャトルバスが無かったらほとんど飛鳥の乗客は両手両足取られてしまったのと同じ状態ですね。英語が喋れない人ばかりでしたから。
バスも待たせたり足りない事は無かったですね。そしてバスの到着地点には必ず日本人の係りが居て案内や困り事の相談を受けていましたから。

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